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高松高等裁判所 昭和42年(ネ)213号 判決 1969年2月13日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張は、控訴代理人において、

「(一) 本件火災保険普通約款でいう「被保険者と世帯を同じくする家族」とは、単に一つの建物に同居する家族をいうのではなく、家計面での収入支出を同一にする家族をいうのである。けだし、家計面での収入支出を一つにする家族の故意によつて生じた損害を填補すべきものとすれば、実質上保険金が放火者の手許へ入ることになるので、約款はかかる場合を除外したものである。

ところで本件事故当時、控訴人はその子供達と一つの世帯をつくり、訴外和泉さ江子はその夫である日高寛および自分の子供達と別の世帯をつくつていたのである。すなわち、さ江子らは、控訴人と住居を共にしながらも、自分達の収入の中から部屋代、食事代として控訴人に毎月金一万五、〇〇〇円を支払い、その余の収入は自分達だけの生活費に充て、一方控訴人は、その所有家屋の一部を他に賃貸して独立の生計を立てていたのであつて、いわばさ江子らは控訴人方の下宿人であつたのである。従つて、本件の損害が仮にさ江子らの故意によつて生じたものであるとしても、被控訴人は控訴人に対し損害を填補する責を免れるものではないのである。

(二) 仮に右主張が容れられないとしても、控訴人は、本件保険金受領当時、本件火災が放火によるものであることは夢にも知らなかつたのであるから、善意の不当利得者であり、善意の利得者は現存利益のみ返還すれば足りるものであるところ、控訴人は保険金受領直後に、その金員を訴外〓本信子ら(本件被保険利益の主体は形式的には和泉産業有限会社であるが、実質的には同人らであり、同人らは放火関係の主犯者とされている)に何の対価もなく交付してしまつたのである。名目は和泉産業有限会社の機械を買うということで右金員を交付したのであるが、その機械は海上運送の途中で火災に会い、和泉産業に引渡されることなく終り、しかもその機械の保険金は控訴人の関係しないところでなくなつているのである。結局本件保険金は、控訴人の手を一時とおつただけであり、控訴人が費消したことはなく、控訴人に現存利益がないから、本訴は失当である」

と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、それを引用する。

証拠(省略)

理由

一  最初に自白の撤回に関する異議について判断する。

本件記録中の口頭弁論調書の記載によると、原審の第四回口頭弁論期日(昭和三七年七月一九日午後一時)において、原告(当審被控訴人)代理人が「保険の目的物件は会社の財産である」と述べ(会社とは訴外和泉産業有限会社の意であることは弁論の全趣旨により明らかである)、第五回口頭弁論期日(同年九月二四日午後四時)において、被告(当審控訴人)が「保険の目的物件の所有者は訴外和泉産業有限会社であるとの点は認める」と述べ、第六回口頭弁論期日(同年一一月一日午後三時)において、原告代理人が「保険契約の目的物件は全部被告和泉静代個人の所有であり、この点は契約締結時より消滅時まで変りない。第四回口頭弁論期日に保険の目的物件は会社の財産である旨陳述したが、右陳述は事実に反し錯誤に基づくものであるから撤回する」と述べ、被告代理人が「右自白の撤回には異義がある」と述べたことが認められる。しかしながら、裁判所を拘束しその撤回が原則として許されない自白は、自己に不利益な事実を認める陳述、しかも主要事実を認める陳述であるところ、前記の「保険の目的物件は会社の所有である」という陳述は法律効果についての陳述であつて事実に対する陳述でないのみならず、そもそも保険の目的物件の所有権の帰属原因たる事実のごときは本件の訴訟では主要事実とはなつてはおらないことが明らかである。けだし、本件は不法行為を原因とする損害賠償請求を主請求とし、不当利得の返還請求を予備的請求とする訴訟であつて、火災保険金の支払が主請求における損害、予備的請求における利得および損失としての意味をもつところから、原告は、被告に対して保険金を支払つたと主張し、その経緯として保険契約の締結に言及したのにとどまるのであつて、前記のような主張ないしは右物件の所有権帰属原因たる事実のごときは請求原因でないことが明らかであり、被告も右のような主張又は事実をとらえて直ちにこれを抗弁として構成しているのではないからである。ただ被告は、保険金の受領者が被告個人であることを否認し訴外和泉産業有限会社においてこれを受領したと主張しているところ、一般的にいえば、物件の所有者が被保険者ないしは保険金受取人となることが常態であるから、原告が保険の目的物件を訴外会社の所有であると主張することは被告にとり立証上有利である。しかし、それはそれだけのことであり、間接事実の自白に準ずる効果を持つのみである。以上を要するに、原告(被控訴人)のなした前記の陳述はその撤回が禁ぜられる自白に該当しないから、被告(控訴人)の異義は理由がなく、採用できない。

二  成立に争のない甲第二号証、原審証人仙波淳一の証言によつて成立を認め得る同第一号証の一、その印影が控訴人の印鑑により顕出されたことに争ないことと原審証人稲本良作の証言により成立を認め得る同第四号証の一、原審および当審証人仙波淳一、原審証人稲本良作の各証言、当審における控訴本人の尋問結果(一部)を綜合すると、昭和三三年一二月九日控訴人は訴外日高寛を代理人として、被控訴人との間で、被控訴人主張のような内容の火災保険契約を締結(物件は控訴人所有として契約)したことおよび同月三〇日保険金として金五、三二九、一〇九円を受領したことを認めることができ(控訴本人の尋問結果中右認定に反する部分は信用できない)、保険の目的物件が保険金受領より先である同月二二日火災により焼失したことは、当事者間に争がない。控訴人は、控訴人個人として保険契約を締結したものでなく設立中の会社の機関として契約を締結したものであり、仮にそうでないとしても、会社の設立を条件として会社を保険契約者、被保険者とする旨の約定が存在した旨主張し、成立に争のない甲第九号証によれば、訴外和泉産業有限会社は同月一一日に設立登記をして成立したことおよび控訴人は会社成立と同時に取締役に就任した(取締役は一人)ことが認められる。しかし火災保険契約の締結のごときは設立中の会社の機関の権限外の事項であると解するのが相当であるのみならず、さきに挙示した証拠によれば、控訴人はそもそも設立中の会社の名において契約しておらないことが明らかであるから、控訴人の前記の主張は到底採用できない。本件保険金の受領者が訴外和泉産業有限会社でなくして控訴人個人であることは明白である。

三  そこで、被控訴人の不法行為の主張について判断する。

原審証人仙波淳一同稲本良作の各証言によつて成立を認め得る甲第三号証、原審証人稲本良作の証言によつて成立を認め得る同第八号証の一、二、その方式および趣旨により公文書と認め得ることから成立を認め得る同第一一号証の一ないし一〇、同じく同第一二、第一三号証、原審および当審証人仙波淳一、原審証人稲本良作の各証言を綜合すると、訴外〓本信子、同伊藤孝之、同和泉さ江子、同日高寛は共謀の上、火災保険金を詐取することを企て、昭和三三年一二月九日日高寛において控訴人の代理人となつて本件火災保険契約を締結し、同月二二日和泉さ江子において契約の目的物件に放火して焼失させ、同月二四日損害査定に際し日高寛において放火の事実を秘しあたかも右火災が反毛機の異常摩擦による失火であるように説明し、また保険の目的物件の時価を実際よりも過大に説明し、被控訴会社の係員をしてそのように誤信させ、以て同月三〇日被控訴会社より控訴人に対して金五、三二九、一〇九円の保険金を支払わせた事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。しかしながら、控訴人が右違法行為に加担していたとの事実は、被控訴人の立証その他本件にあらわれた全証拠によるもこれを認めるに足りない。よつて右損害賠償の請求は理由がなく、棄却を免れない。

四  そこで次に不当利得返還の主張について判断する。

前示甲第一号証の一、成立に争のない同第一号証の二、四、五によれば、控訴人が本件火災保険契約を締結するに当り受諾した火災保険普通保険約款の第五条第二号には、「被保険者ト世帯ヲ同クスル家族ノ故意ニ因リテ生ジタル損害」については被控訴会社は損害填補の責に任じない旨の定めがあつたことが認められる。訴外和泉さ江子が控訴人の子であり、訴外日高寛がさ江子の内縁の夫であつたことは当事者間に争がなく、その方式および趣旨により公文書と認め得ることから成立を認め得る甲第五、第六号証、前示甲第九号証、第一一号証の二、三、第一三号証、成立に争のない乙第一、第二号証、原審および当審証人仙波淳一、原審証人稲本良作、当審証人三瀬通雄、同進藤和子の各証言、控訴本人の尋問結果を綜合すると、本件火災当時、控訴人とその子三人(さ江子の弟妹にあたる)、さ江子夫婦、さ江子の先夫の子二人は、控訴人の所有家屋である松山市唐人町三丁目八番地(当時の町名、地番)の二階建家屋に同居していたこと、控訴人は右家屋階下の表の二間をバーとして他人に賃貸し、月にして金二万三、〇〇〇円位の家賃収入を得るほか格別の職業を持つていなかつたこと、日高寛は昭和三一年七月頃さ江子と内縁関係に入つたものであるが、さ江子の子を自分の子として遇し、松山市においては外部に対し和泉寛と名乗り、〓本信子らと和泉産業有限会社を設立して控訴人を取締役に据え、自分とさ江子が右会社の仕事に従事していたこと等の事実を認めることができ、右事実によると、日高寛および和泉さ江子は控訴人と世帯を同じくする家族であつたと認めるのが相当で、証人進藤和子の証言および控訴本人の尋問結果中右認定に反する部分は信用できない。もつとも証人進藤和子同三瀬通雄の各証言および控訴本人尋問の結果によれば、さ江子夫婦は控訴人に対し月々金一万五、〇〇〇円位の金員を渡していたもののようであるが、これは一家の内部で生活費を分担していたにすぎず、これを以て直ちに別世帯であることの証左とすることはできないものと認められ、また前示乙第一、第二号証によると、住民票の上では和泉さ江子は控訴人およびその子とは別の用紙に記載され、別の世帯主として取扱われていること(日高寛の記載はない)が認められるが、これは嘗てさ江子が婚姻により別世帯をもつていたことに起因するものと解せられるから、さきの認定を左右することができない。そうすると、本件火災による損害は、控訴人と世帯を同じくする家族である和泉さ江子および日高寛の故意によつて生じた損害であるということになるから被控訴会社においてこれを填補する義務がなく、本件保険金の支払は、法律上の原因なくして控訴人に利益を与え、反面被控訴会社に損失を蒙らせたことになるといわなければならない。被控訴人は、控訴人は保険金を受領する権利のないことを知りながら保険金を受領した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて控訴人の尋問結果によれば、本件保険金を受領する権利あるものと信じて受領したことが認められるから、控訴人は善意の利得者であるというべきである。

ところで、控訴人は、受領した金員は〓本信子らに何の対価もなく交付してしまつたので、利益は現存しない旨主張するところ、前示甲第九号証、第一一号証の七、一〇、第一三号証、原審証人稲本良作の証言、控訴本人の尋問結果および弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は昭和三三年一二月三〇日日高寛に附添われて控訴会社高松支店に出頭し、保険金を受領した上、即日高松駅前の食堂で〓本信子、伊藤孝之と落会い、〓本信子に一応全部の金員を手渡したこと、同女はその場で自分に金一四〇万円位をとり、伊藤孝之に金三二〇万円位、日高寛に金七〇万円位を手渡したことが認められる。

しかしながら前示甲第四号証の一(火災保険金受領証)によると、控訴人は被控訴会社より保険金を受領した際、「後日貴社に保険金支払の義務のないことが判明したとき……はいつさいの責任を負い、貴社に御迷惑をおかけしない」旨記載(但し不動文字)した書面に、その文面を諒解しつつ、保険契約者欄と被保険者欄に捺印していることが認められ、控訴本人の尋問結果中右認定に副わない部分は信用できない。控訴人は、右記載は例文にすぎない旨主張するが、一旦火災保険金の授受は終えたが後日保険金支払の義務がなかつたことが判明した場合、保険契約者および被保険者において責任を負い、保険会社に損害をかけない旨約することは意味のないことではなく、当事者の合理的意思にも合致すると考えられるから、右記載を例文と解することはできず、控訴人は右書面に捺印することにより、被控訴会社に保険金支払義務のないことが判明したときは、受領した金員と同額の金員を返還すべきことを特約したものと認めるのが相当である。控訴人は、右特約は公序良俗に違反するとか被控訴人の強迫により結ばれたものであるとか主張するけれども、仮に当時控訴人が火災に遭つて窮迫しており保険金を受領する緊急の必要があつたとしても右特約が公序良俗に違反するものと解することはできず、また被控訴人が強迫を加えたことを認めるに足る証拠はないから、前記各主張は採用できない。そうすると、控訴人は被控訴人よりする本件保険金返還の請求を拒むことはできないものというべきである。そして前示甲第一三号証によると、昭和三六年七月一〇日〓本信子、伊藤孝之、日高寛に対する放火、詐欺被告事件について、一審の有罪判決が宣告されたことが認められるから、その頃被控訴会社に保険金支払の義務のないことが判明したものと認めることができる。

してみれば、控訴人は被控訴人に対し、金五、三二九、一〇九円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三七年一月一八日以降年五分の割合による遅延利息金を支払う義務があり、被控訴人の予備的請求は右限度で理由がある。

五  ところで原判決は、右の範囲内において被控訴人の請求を認容したものである(原判決が昭和三七年一月一八日以降同年二月一六日までの遅延損害金の請求を棄却しているのは失当であるがこの部分については被控訴人の不服申立がない)から、控訴人の本件控訴は理由がなく棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

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